VRで亡くなった人と再会できる未来はユートピアかディストピアか? | 未来塵

VRで亡くなった人と再会できる未来はユートピアかディストピアか?

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母と娘イメージ

VRで再現された故人と再会できる未来はユートピアかディストピアか?

今月初旬、韓国のテレビ局MBCが制作した番組をYoutubeで見て、とても考えさせられた。

VRでの母と娘の再会(GIF)

MBClife/YouTubeより (動画の設定で字幕の自動翻訳→日本語を選べば、日本語字幕で視聴が可能


番組の内容は「母親と彼女の亡くなった娘がVRの世界で再会するドキュメンタリー」だ。

主人公は韓国在住のチャン・チソンさんと、4年前に病気で7歳の若さでこの世を去った彼女の娘ナヨンさんだ。

MBCはこの番組を制作するにあたり、生前のナヨンさんのビデオや写真を元に8ヶ月を費やし、VR(Virtual Reality/仮想現実)で顔の表情や声、

生前のナヨンさん(MBCNEWS/YouTubeより)

生前のナヨンさん(MBCNEWS/YouTubeより)


VRで再現されたナヨンさん(MBCNEWS/YouTubeより)

VRで再現されたナヨンさん(MBCNEWS/YouTubeより)


さらにナヨンさんの妹の協力のもと、モーションキャプチャ技術(Wikipedia)で身体の動きを再現した。

妹のモーションキャプチャで動きを再現(MBCNEWS/YouTubeより)

妹のモーションキャプチャで動きを再現(MBCNEWS/YouTubeより)


最先端のゲーム映像と比べれば劣るかもしれないが、個人的には限られた期間と予算で、よくこのクオリティのグラフィックが実現できたと感心する。

しかし番組公開後、SNSを中心に賛否の声が上がった。

肯定的な意見

●このような映像を見ると心がかき乱されるが、同じような形で亡くなった母に会うチャンスがあれば、ぜひともそうしたい。

●別れの言葉を言う間もなく父が急死した。
そこにいてあたり前だった人が突然いなくなるのは悲しい。どんな形でもいいから再び会いたい。

●小さな子供を持つ親として、自分の子供に同じことが起きたなら、テレビ局からこのような話がきたらすぐにでもお願いするだろう。映像でもいいから会いたい。伝わらないとわかっていても、伝えたいことがある。

●自分の子供を失って、VRでも再会できるのなら、絶対にやりたい。
気が済むまで何度でも会ったらいい。前なんか無理して向かなくてもいい。

●お母さんの気持ちが少しでも軽くなるのなら、それで前に進めるのならいいと思う。

●お母さんがその後ブログに発表した
「画面に映ったナヨンを見ただけでもうれしかった。今まで手がつけられなかった写真やビデオを整理して、やっと外に出られた。これからはたくさん笑って生きたい」というメッセージを読んで安心した。

●何十年も前にビデオカメラが発売されたとき、生前に撮影された娘のビデオを鑑賞する母親を見て「死への冒涜」とか「ビデオに依存して前に進めなくなる」という意見が出ただろうか?
当時そういう意見があったとしても、現在そんなことを思う人はいないだろう。

●死者をどうにかして生き返らせようというのなら「死への冒涜」だが、これは写真や動画を見て思い出しているのと同じことだ。

●親友の死後、夢の中でもいいからずっと会いたいと願っていた。やっと夢に出てきてくれたおかげで、心の整理がついた。
お母さんの体験もこれに近いものだ。

●何百年も前から日本には、イタコという残された人の気持ちを楽にする文化があった。これはその現代版だ。

●そもそも葬式や墓参りなど死者に対するあらゆることはすべて、残された生者の自己満足でしかない。遺族にとって幸せならそれでいい。

否定的な意見

●死への冒涜。見ていてつらい。

●毎日でも会いたくて依存しそう。

●VRから現実に戻ったとき、虚無感や喪失感が怖い。

●目の前にいるのに触れられないなんて、よけいに悲しくなるはず。

●亡くなった大切な人とVRで再会するという試み自体は悪くない。
だが子供を、そして愛する子供を失った母親を使って番組にするのは不快だ。

●作り手(テレビ局)の自己満足。遺族は一時の感動を体験しても、それが作り物に過ぎないことに気づいたとき、とても虚しくなると思う。

●これは遺族に対して追い討ちをかける行為であり、不道徳な行為だ。
これがビジネス化されたのなら、悲しみに打ちひしがれる人々を食い物にする危険な試みだ。

●ハリーポッターの1シーンで、ダンブルドア校長がハリーにかけた言葉を思い出した。
見る人の望むものを映し出す「魔法の鏡」に映った死んだ両親に毎日会いに行っていたハリーに、
「この鏡はわれわれに知識も真実も与えてくれん。あまたの人間がこの鏡の前で人生を無駄にしていった。夢の世界の住人になり、生きることを忘れてはいかんぞ」

●これが悲しみの消化に役立つとはとても思えない。「手放すこと」は損失を乗り越えるための大きな一歩だ。

●同じ経験をした(子供を亡くした)者として、当時このVRがあったら飛び付いていたかもしれない。でもきっと死を受け入れられず、前に進む妨げになっていた。
死の悲しみはこんな似て非なる物に触れただけで軽くなるものではない。当時の私にこれが無くてよかった。

中間的な意見

●このような試みによって良い影響を与えられる人もいるし、逆に悪影響になる人もいる。最終的には、その人次第だと思う。
ただし、この技術を提供する企業や団体には、大きな責任がともなう。

●いろいろな考え方があるから望む人だけ使えばいい。


国内・海外のいろいろなコメントを読んでみて、最初はテレビ局やこの企画への批判を中心に否定的な意見が多かったが、時間が経つにつれ肯定的な意見が増えていったように思う。

どんな形であれ、失った大切な人に会えることはすばらしいという声と、悲しみを助長したり、依存しかねないといった否定的な声とが半々ぐらいだろうか。

どちらにせよ、亡くなった人と再会できる世界は、VRであれロボットであれ、いずれ誰もが体験できるようになる。

上のコメントを読めばおわかりだろう。

「亡くなった人にもう一度会いたい」という需要が少なからずあり、それを実現できる技術が存在する。

需要と技術があるのなら、いずれそれを一般化(ビジネス化)する企業や団体が出現するのは間違いない。

いや、今回のような死者の人工的な再現によるビジネスは、すでにはじまっている。

死者の再現ビジネス

たとえば昨年末のNHK紅白歌合戦に登場した「AI美空ひばり」さん。

美空ひばりさんの歌声をAIの合成音声で再現した新曲「あれから」を、3Dモデルで再現されたAI美空ひばりさんが紅白のステージで歌った。

(NHK/YouTubeより)

ヤマハが開発したVOCALOID技術はすばらしく、見事に再現された神秘の歌声に「感動した」という声が寄せられた。
一方でいささか頼りなかった3Dモデルのクオリティからか、伝説の歌手に対する「冒涜だ」という意見もあった。

このような亡くなった人物をVRやホログラムなどの最新技術で再現するステージは国内や海外でも最近よく行われている。

私が印象に残っているのはハリウッドの技術を使って再現されたZARDの坂井泉水さんと、倉木麻衣さんのコラボステージだ。

※2019/2/1「ミュージックステーション テレビ朝日開局60周年3時間SP」にて

2人が歌った「負けないで」は発売当時学生だった私の想い出の歌で、坂井さんが2007年に亡くなったときは大変ショックだった。

坂井泉水さんはテレビが苦手だったそうで、その数少ない貴重なテレビ映像がハリウッドの最新技術で違和感なく現在の倉木麻衣さんの映像と合成され、とても感動するライブだった。

他にも国内では2008年の「X JAPAN」復活ライブでHIDEが、海外では2014年のビルボードミュージックアワードでマイケル・ジャクソンがホログラムで再現されている。

Michael Jackson – Slave To The Rhythm

Michael Jackson-Slave To The Rhythm(Michael Jackson公式チャンネル/YouTubeより)

つい昨日(2月27日)発売された漫画雑誌「モーニング」13号には、AI手塚治虫先生の作風を機械学習して制作された新作漫画「ぱいどん」が掲載されている。


3Dモデルロボットによる故人の再現は「不気味の谷」の影響で苦手な人も多いが、

「不気味の谷」とは人に似せて近づけていくとあるレベルで嫌悪を感じてしまう現象(Wikipedia)

いずれその「谷」は技術の進歩で克服されて本物と見分けが付かなくなり、違和感は無くなるだろう。

故人の再現ビジネスに残された課題は、果たしてそれが遺族の心理にどのようなプラス・マイナスの影響を与えるかの調査だ。

亡くなった人を再現することにおいて、死者本人に了解を得ることは不可能なので、最終的に決めるのは生者(遺族)の考え方次第だ。

※死者の再現が一般的になれば、生きているうちに遺言の項目にその可否が加えられるかもしれない。

意外と普及しないVR

ところでこのサイトのテーマ「いつか描いた未来」で、「VR」は、21世紀にはもっと普及していると思っていた技術の1つだ。

VRヘッドセットを付けて自転車に乗るイメージ

VRの歴史はここ10年で大成功をおさめたスマホなどよりずっと古く、1960年には最初のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)が開発され、1995年には任天堂が3Dゲーム機「バーチャル・ボーイ」を発売した。

その後VRは、ポケモンGOでおなじみのAR(Augmented Reality/拡張現実)MR(Mixed Reality/複合現実)といった派生技術を生み出し進化しているが、

モンスターボールイメージ

スマホのように誰もが肌身離さず日常的にHMDを付けて生活してはいない。

気になったので調べてみたが、主な理由は次の3つだ。

VRが普及しない理由

(1)HMDを付けるのがめんどくさい
VRを体験するためにはHMD(ヘッドマウントディスプレイ)やヘッドセットと呼ばれるゴーグルを着用しなければならない。

(2)VR酔い
VRを体験した一部の人々に吐き気や頭痛などの「乗り物酔い」に似た症状が現れる。

(3)VRである必要性が弱い
(1)や(2)は軽量化されたスマートグラスやVR酔いを起こさないデバイスの開発によっていずれ解消されるだろう。
問題なのはこの「VRである必要性」だ。

VRじゃなくても最新のテレビゲームやスマホなら、臨場感のあるグラフィックで手軽にその世界にのめりこめる。

VRはその体験をしているプレイヤー以外には臨場感が伝わらず、なかなか周囲の人と体験を共有することが難しい。

VRは最初こそインパクトがあるものの、何度も体験したいとは思わない(まだそういうコンテンツがない)。

VRに必要なのは「新体験」

VRが今よりもっと普及するためには、日常的に何度でも体験したくなるような「VRならではの新体験」が必要だろう。

今回ご紹介した「亡くした大切な人との再会」は、まさにVRの「新体験」になりえるコンテンツだ。

亡くした子供、両親、恋人、友達あるいは愛するペットとのコミュニケーション(再会)をVRの世界で体験できれば、それは何度でも体験したくなるコンテンツになるはずだ。

VRを調べていて、その世界を実現できそうなデバイスを見つけた。

「Oculus Quest」の新機能に注目

昨年発売された「Oculus Quest」は視界だけでなく、両手のハンドコントローラーを使って、より臨場感のあるVRが体験できる。
また PCなど他の機器への接続を必要とせず 「Oculus Quest」単体でプレイが可能でお手軽。5万円を切る価格も魅力だ。

でも、まだまだ一部のマニア向けという印象があった。

ところがつい最近(2020年2月3日)発表されたアップデートの新機能を見て、ドギモを抜かれた。

「Oculus Quest」がハンドトラッキング可能に
「Oculus Quest」がハンドトラッキング可能に(Oculus公式チャンネル//YouTubeより)

両手をヘッドセットでスキャンすることで、ハンドコントローラーを使用しなくても手の動きだけで各種操作を行うことができるようになった!

※現時点ではホーム画面と一部アプリ限定。

アップデートは2月第2週に配信済みで、ゲームのプレイ後にコントローラーを置き、手の動きだけでYouTubeを立ち上げられる。

手に何の装置もつけることなくバーチャルで操作できる、まさにマイノリティ・レポートの世界だ。


このまま技術が進んでいけば、やがて愛する人を抱きしめる感触を体験できるウェアラブルデバイスが開発されるだろう。

VRデバイスの進化と新体験が合わさったとき、VRはスマホ以上に流行するかもしれない。

References: Futurism